こんなことを自分は思っていたんだなあ。

 

春が輝き、光があふれていますね。すっかり若葉の季節になりました。

 

今日は、あることのために、昔のメールを追って探し物をしていました。

こういうことでもないと、私はあまり過去のこと遡って懐かしむタイプではなく、

むしろ、記憶喪失レベルでほとんど覚えていない💦ので、

そのあまりのひどさに、同窓生や同期の友人たちに、心底呆れられるほどです。

 

なので こういう形で文字で残っていると、過去の自分がしっかり語りかけてくれるんですね〜。

あるメールで手が止まってしまいました。

 

私は、2007年から2010年まで、大阪で職業訓練校で講師をしていたことがあります。

児童英語講師養成講座のカリキュラム作成と指導を任されていました。

全部で9期、9クラスの修了生を送り出したのですが、

最後の第9期の修了生に向けての自分のスピーチ原稿を見つけてしまい・・・

ひとつひとつの日々を、大切に生きて関わったなあ、と過去の自分に微笑んでいました。笑

 

......................................................................................................................................

第九期生のみなさま、


無事修了、おめでとうございます。

ただ講義を聴く、というようなクラスでなく、
自分たちで創っていく、というクラスだったので、とまどいや葛藤もあったとは承知の上ですが、皆さんがひとりひとりを大事にし、お互い支えあって、見事に修了されました。

わざと個性がたくさん前に出るようなカリキュラムにしてあるので、
いままでにない体験をされる方がほとんどです。
でも最後にはそれぞれの個性を楽しんだり、受け入れたりして、
本当に小さな地球だなあといつも感動します。
みなさんがお互いのために、この場所を平和な多様性が花開く場所にしてくださいました。
私に対しても、寛大に接してくださいました。
勇気や新しい視点をくださいました。
ありがとうごさいました。

児童英語の先生というのは、大人の英会話の先生とはまた違った使命があると思います。
私自身、今回9期までの養成講座を担当させてもらうことで、改めて認識したことばかりでした。
自分が児童英語の先生だった頃は、皆さんと一緒に学んだようなことは一切考えても感じてもおらず、今思えば、子供たちに対して大変申し訳ない先生でした。
その頃の自分はというと、長い間子供を授かれない自分を独り思い悩み過ぎて、子供がかわいければかわいいほど、レッスンを続けるのが苦しくなり、途中でバタバタと去ってしまった苦い記憶があるばかりです。
もしかするとこのように間接的に児童英語に関わることで、私は子供たちに罪滅ぼしをしているのかも・・・と思うこともあります。

ですから、みなさんが直接的であろうと、間接的であろうと、児童英語とか、英語の将来とかに関わってくださることが、嬉しくてなりません。
何のために英語を使うのか・・・共に答え、それを意図しながら関わっていけたらと思います!

今までは、先生という役割で皆さんの前に立たせてもらいましたが、これからは、ともにこの講座を創った一員として、仲間としておつきあいいただけたら嬉しいです。」

 

.....................................................................................................................

 

楽しくて、創り出していく興奮や充実感を感じたお仕事だったなあ。

各期のみなさんがくださったメールや近況報告なども読み返しつつ。

 

修了生の中には、今でもFacebookなどでつながって近況を知ることができる方々もいらして、

ご活躍を目にするたび、嬉しくなります。

長い人生の中の、ほんの数ヶ月の時間を共有するだけだったけれども、

いろんな意図で集まった多様な方たちと過ごす中で、

自分のさまざまな側面を一緒に探求できた時間でした。

 

修了生のみなさん、お元気かな〜?幸せに過ごしてらっしゃいますように☆